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粘着や吸盤ではない?ヤモリが壁や天井に貼り付いて歩ける理由【ファンデルワールス力・ロンドンの分散力】

ヤゴコロ研究所に訪問いただきありがとうございます。東大生ブロガーの西片(@nskt_yagokoro)です

先日Twitterを嗜んでいたところ、FFの方が愛くるしいヤモリの動画をアップしていて、爬虫類飼いたい欲が高まってしまいました

てなわけで今回は身近な科学シリーズ第4弾として「ヤモリが壁を歩ける理由」を解説していきます

身近な科学シリーズの過去記事はこちら

【最終更新:2021年2月9日 公開:2021年1月30日】

壁に貼り付く生き物たち

自然界には壁に貼り付くことのできる昆虫・動物がたくさんいます

例えばミノムシ。秋から冬にかけて木や家の壁にくっついているのを見たことあると思います

他にもナメクジやカタツムリなんかも壁にへばりつきますよね

これらの生物の多くは、ねばねばした粘着物を使うことで体を壁に接着させています

体の一部や体液が、のりやセロテープのようになっているので壁にくっつくことができるのです

こうした粘着物による接着は「毛管力(毛細管現象による力)」によって成り立っています

毛管力は壁の表面にある水分子を介した力なので、ガラスのような水を弾く素材(疎水性といいます)には貼り付きにくいという性質があります

また、粘着物を使うため剥がした後ベタついたり跡が残ったりします

毛細管現象についてはコチラ↓の記事で詳しく解説してます

ヤモリは少数派?

粘着物を使った接着には「疎水性の壁には貼り付きにくい」「跡が残る」という特徴があると説明しました

しかし、ヤモリはガラス等の疎水性の壁でもスイスイ歩けますし、歩いた跡も残りません

つまり多くの生物が接着するのに使っている粘着物は使っていないのです

さらにヤモリの手足にはタコのような吸盤もありません

では、どうやって貼り付いているのか?

その理由は長年謎とされてきましたが、2000年頃になってようやく明らかになりました。

どうやら水分を利用する「毛管力」ではなく「ファンデルワールス力」という別の力を使っているらしいのです

ファンデルワールス力とは?

ではヤモリが接着するのに使っている「ファンデルワールス力」とやらを解説していきます

ファンデルワールス力(van der Waals force)とは、原子や分子、イオンの間に働く非常に弱い力のこと

この力、実はあらゆる分子間に働き、電気を帯びていない分子間でも発生します

静電気力のようにプラスの電荷を帯びた分子(陽イオン)とマイナスの分子(陰イオン)が引きつけ合うなら分かるのですが、ファンデルワールス力は電荷を帯びてなくても引力が働くのです

どういう原理でファンデルワールス力が働くのか簡単に説明したいと思います

なお、ファンデルワールス力はいくつかの力の組み合わせで成り立っていますが、ここでは代表的なものとして「ロンドンの分散力」について説明していきます(*)

全ての分子は正(プラス)と負(マイナス)の電気を持っています。しかし通常はプラスとマイナスの量が同じなので全体としては電気を帯びていない状態(下図)になっています

電荷を帯びていない分子の模式図

このうちマイナスの電荷(電子)は固定されておらず時間ごとに位置が変化します

そのため、ある瞬間には下図の左のようにプラスとマイナスが偏ります(これを分極といいます)

この時、右側が負(マイナス)、左側が正(プラス)の電気を帯びているとみなせます

この分極した分子のプラス側と、別の分極した分子のマイナス側が引き合います

こうして一見電気を帯びていない分子間でも引力が働くのです

ロンドンの分散力のポテンシャルエネルギーVは以下の式で近似されます

$$V=-\frac{3}{2r^6}α_1’α_2’\frac{I_1I_2}{I_1+I_2}$$

ここでrは分子間距離、αは分極率体積、Iはイオン化エネルギーを表しています

かなり複雑な式ですが、ここではVとrにのみ着目すればOKです。

Vは距離rの6乗に反比例するので、分子間の距離が2倍になるとVは1/64になることが分かります

つまり少し離れただけで分散力は急激に弱くなってしまうのです

目安としては 3~5Åくらいまで近づけないと十分な分散力は働きません。1Åオングストロームは1cmの1億分の1(1Å=10-10m)で、原子の大きさと同程度です

なお、万有引力やクーロン力(静電気力)のポテンシャルエネルギーは物体間距離rに反比例します

*通常「ロンドンの分散力」「ケーソム力」「デバイ力」の3つをファンデルワールス力と呼びますが、分散力のみをファンデルワールス力とする場合もあります

ヤモリの手の構造

ファンデルワールス力がどんな分子でも働くなら人間も壁に貼り付けるはず。そう思いませんか?

しかし残念ながら人間は素手で壁に貼り付くことはできません(少なくとも普通の人間は)

ヤモリがファンデルワールス力を使って壁をよじ登れるのはヤモリの手に秘密があるのです

先程「ファンデルワールス力は遠ざかると急激に小さくなるため、3~5Åほどまで近づかないと十分に働かない」といいました

そのため人が壁に手を当てた程度では手の表面と壁の表面のごく少数の分子しか引き合わず、働くファンデルワールス力の大きさもたかが知れてるわけです

ではヤモリの場合はどうなっているのでしょうか

ヤモリの足裏には分子レベルの細かい毛が大量に生えています。この毛はシーティー(setae)と呼ばれています

さらに、それぞれのシーティーはスパチュラ(spatula)という微細な毛に分かれています

種類にもよりますが、毛は1つの指に650万本ほど生えているそうです(※2)

ちなみに成人の日本人の髪の毛は平均で10万本と言われています(極端に少ない人もいますが)

その65倍の数の毛が1つの指に生えているなんて信じられないですよね

ヤモリが壁に手を当てると、細かい毛が壁表面の凸凹に入り込みます

すると壁と毛(手)が触れ合う面積が大きくなり、全体のファンデルワールス力(分散力)が大きくなります

こうして粘着物を使うことなく素手で壁に貼り付くことができるのです

なお、手の角度を少し変えるだけで接着力は弱くなるので、剥がそうとすれば割と簡単に剥がせます。そのため貼り付けたり剥がしたりして自由に壁を歩くことが可能です

応用例

実はヤモリの毛を真似して利用できないか世界中で研究が行われています

ヤモリの毛を応用した接着方法には「繰り返し使える」「水分が少なくても接着できる」「跡が残らない」「接着対象を傷つけない」「高温耐久性がある」などの利点があります

国内では日東電工株式会社と大阪大学が「ヤモリテープ」を開発しているとのこと

ヤモリテープの場合「カーボンナノチューブ」という細い筒状の炭素分子を並べてヤモリの毛を再現しているそうです

カーボンナノチューブは固い分子なので繊維どうしが凝集するのを防ぐことができます

ただカーボンナノチューブは現時点では量産が難しいため、ヤモリテープを広く普及させるには更なる研究が必要かと思います(今後に期待ですね)

まとめ

今回はヤモリが壁を歩ける理由を解説しました

  • ヤモリは粘着物や吸盤ではなく、ファンデルワールス力を使って壁に貼り付く
  • ファンデルワールス力は電子の偏りによって発生する力で、全ての分子に働く
  • ヤモリの足に生えている毛が壁との接触面積を増やし、ファンデルワールス力を増大させる
  • ヤモリが貼り付く原理を応用した研究が行われている

ヤモリについて色々話しましたが、僕はヤモリを写真でしか見たことがないので、暇な時探してみようと思います

「ヤモリ」に関する雑談

ポケモン人気投票で何度か1位を獲得している「ゲッコウガ」というポケモンがいますが、ヤモリを意味する英単語geckoから名付けられたと思われます

ただゲッコウガは「みず・あく」タイプですし、進化前(2つ前)が「ケロマツ」であることからも、どちらかと言えばカエルですよね

もしかして「ゲッコー」じゃなくてカエルの鳴き声「ゲコッ」から名付けたのでしょうか?(詳しくないので分かりません…)

ヤモリによく似た生物としてイモリがいますが、ヤモリ(家守)は爬虫類で、イモリ(井守)は両生類です(漢字で書くと分かりやすいですね)

ちなみにカエルの英語はfrog、イモリはnewtだそうです。

「どくトカゲポケモン」のエンニュート(どく・ほのおタイプ)は「炎newt」なのかな?

身近な科学シリーズの過去記事はこちら

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参考文献・画像の出典

アトキンス物理化学(下)722頁

東京大学大学院総合文化研究科『なぜヤモリは壁に貼りついて歩けるのか?』:

https://www.jikkyo.co.jp/contents/download/9992657203

日東電工「テープの科学館」:

テープの科学館|つく仕組み|Nitto|Tape Museum|粘着テープの総合情報サイト
物と物とが「つく」ためには、分子レベルで「近づく」ことが必要です。粘着剤が固体と固体との隙間を埋めて、「つく」ことを可能にします。

日本経済新聞『「ヤモリの足」から生まれた最先端のテープ』:

「ヤモリの足」から生まれた最先端のテープ
生物や植物などの持つ構造や仕組み、形状などを工業製品に応用しようという生物模倣技術(バイオミメティクス)の研究や製品展開が急速に盛り上がっている。日東電工はヤモリの足の裏にヒントを得た接着テープ「ヤモリテープ」を開発した。ナノテクノロジーの進化で、生物が持つ微細構造を忠実にまねることができるようになったことが技術開発を...
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